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大正時代
東海道本線×京浜東北
第三弾

三本書くとは思わなかったけど
ぶっちゃけこれで本を出せるんじゃないかと言うくらい
ひどく設定に萌えている

 京浜がいままであまりに東海道のことを慕って着いてきてくれるから,こういう事態に慣れない東海道としてはとりあえず慌てる職員をなだめるところから始めるしかなかった。たいした出来事ではないのだ。仕事の時間に現れるべき京浜が現れなかっただけなのだ。けれども京浜と来たらいままで少々の熱では無理をおして出てきてむしろ東海道に椅子で寝かされていることも多かったくらいだから,現れないという事実だけでこれほど他人を混乱させるのだと,彼は自覚した方が良いと思った。
 それも束の間で,今日の運行を職員に任せた後,東海道は京浜を探して建物の中を散歩する羽目になってしまった。駅には二人の部屋も入っている。門番からは出て行ったという発言は聞かれなかったから,おそらく器用に職員の目をすり抜けながら,敷地の中にはいるのだと思う。
 擦れ違う職員の服装にだんだん洋装が混じる中,東海道は相も変わらず黒い着物に暗めの橙の袴を合わせていた。それに合わせてか分からないが京浜もずっと白い着物に空色の袴を合わせていた。その袖が何処ではためいているのか,実は東海道だけは予測が付いていた。
 階段をただ歩いて屋上に抜ける。ひどく灰を被る場所を職員は病気になると好まなかった。だからこそ京浜はひとけのないここが好きなのかも知れなかった。屋上の扉が開く音で京浜は多分東海道の来たことに気づいただろうが,気づかないふりをしているのかしていないのか駅の下を通っていく車両をぼんやりと眺めていた。
 白い着物の袖がはためいて,そこから手のひらを転に向けるように伸ばされた京浜の手は,その力のかかりかたで手首の骨が浮いていて,ああ,かみつきたくなるほどきれいだ,と東海道は思った。
「ごめんなさい」
 気づいたのか,話せる気分になったのか,京浜がひとつの車両を見送って口を開いた。答えないで隣に歩み寄る。開業の時には自分よりも頭一つ小さかった京浜は,少しずつ大きくなっていまでは自分よりもほんの少し小さいだけだ。
「嫌だったのか」
「はい」
 意思を隠すのが割と得意な京浜は,角が立つようなことを口にすることは滅多にない。その彼がわざわざ拒否の言葉を口にするのだから珍しい。
 今朝は東北本線との合流についての,こちら側の打ち合わせがあるはずだった。けれども当人が現れなかった。東北本線側との直接交渉ではなくて内々の打ち合わせだったから、確かに京浜が現れなくてもどうにかできるものだった。だから京浜は今日を選んだのだろう。
 轟々と音を立ててまた列車が駅へ滑り込んでくる。
「僕は,覚悟が足りないのでしょうか」
 京浜は線路を見て東海道を見ないまま話し始めた。
「東海道さんはとても遠くまでお客様を運びます。そのなかでも一番お忙しい区画を僕はお手伝いしています。これほど光栄なことはありません」
 宙に差し出していた手を京浜はするすると引いた。自分がわがままを言っていると彼は多分分かっている。けれども東海道は京浜の言葉を止められなかった。
「僕は東北本線のお客様を運びたいのです。けれども僕は東海道さんのものです,その矜恃を曲げたくはないのです」
 手を下ろしたのと同じように首もしゅんと垂れる。従って白いうなじが露わになる瞬間を東海道は見てしまった。手もさることながら髪の色素も薄く,その合間から見えるうなじなどもはや透けてしまいそうだった。
「東海道さん」
「それ以上呼ぶな」
 京浜ははっと目を見開いて東海道を見た。愛想がないと言われる自分の表情をこれほど疎ましく思ったのは多分久しぶりだった。京浜は叱られたと思ったのか一度あわせた目線を再び落とした。
 その目線や体や思いの全てを掬い上げてしまいたい。
「俺はお前を,手放すことなど考えたことはない」
 京浜の今度の目線の動きは随分と緩慢としていた。彼がこのところ急激に視力を落としたことを知っている。たぶん見慣れない景色を見たり,書類に追われたり,暗い部屋で何時間も作業をしたり,そういうことがかさんでいるのだと知っている。
 この発作的な京浜の逃亡がふたりをこの先どう考えるのか分からない。ただ京浜は東海道を見上げたまま止まっていた。右の手をその頬に寄せようとして,京浜が仕事を始めてすぐにその頬の煤を何気なくぬぐったことさえも特別に思えて迷って手を止める。
 不自然な位置で止まった手に京浜が一度目線を滑らせる。その僅かな隙,ちいさく誓いを呟いた。え,と京浜が尋ねる声が,駅を滑り出す列車の轟々とした音にかき消される。
 京浜の少し長い髪が風に巻き上げられる。望みの赴くままその後頭部に手を回し,く,と胸元に抱き寄せる。京浜は息をのんだ。それから,東海道さん,とあまりに切なげに名前を呼ぶ。
「京浜」
「嫌です,東海道さん,やだ」
 貴方のために走れたらそれで良い。
 聞こえた言葉はあまりに衝撃が強すぎて,気を抜いた隙に京浜は東海道に押さえつけられていた手をふりほどいてしまった。一度だけ目線が交わって,京浜はぱたぱたと走って屋上の扉をばたん,開け放して逃げていった。
 残された東海道は顔を手で覆って屋上にへたり込む。
 乗客のために,とでも説教をすれば良かったのか,と見当違いなことをふと思った。



東海道は告白されたのかされてないのかよくわかってません(ひどい

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