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2024/11
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また新しいパラレルを思いついたらしいですよ。
原稿の合間の息抜きに。してはちょっとどぎつい。



男子高校生東海道×女装保健医京浜東北

相当好き好き好みのある内容だと思います。
うったか、ゆりー、東海道兄も出てきます。
特にゆりーは女装扱いです。
ご注意の上お読み下さい。



 豪速で飛んできた白球が窓ガラスをぶち破って、自分の目の前を突っ切って、それで柱に当たって跳ね返った。それをそうらしいと理解したのは、眉の少し上当たり、額がじわ、と熱くなったから、それから、
「ちょっ東海道、お前血ィ出てるぞ」
 同級生の高崎が騒いだからだった。
 男子校でボールが飛んでくることもガラスが割れることもあまつさえ血が垂れることも別に珍しいことではないのだけれども、さすがに三年生の学年総代として事態を捨ておけないと、一応ボールが飛んできた方を見た。きれいな蜘蛛の巣状に割れて、真ん中あたりのガラスが破れたとおぼしき窓ガラスの向こう側では、この学校でほかにない、上も下も短い丈のセーラー服のツインテールが取り巻きに囲まれて、けせせせ、と笑い声をたてていた。
「ああ、あいつか」
 出た声が思ったよりも低くて驚いた。たぶん東海道はどうでもいいと判断したのだろう。わざわざかの、アイドル気取りに制裁を加えてやるほど東海道は寛大ではなかった。
 面倒なのである。
「やられっぱなしでいいの? 協力するよ?」
 宇都宮がおかしそうに笑いながら言った。
「遠慮しとく、俺はわざわざアイツ等をどうにかしなくてもいいからな」
「東海道、とりあえず血」
 宇都宮相手に肩を竦めると、高崎がそんな会話をほったらかして歯をカタカタさせながら言う。
「そんなデカい図体でこれしきの傷でがたがた言うなよ」
「そうだよ高崎、女の子の方が血に強いよ?」
 思わずあきれて東海道が言うと、宇都宮も同調してくれた。まったく傷としては大した傷ではないだろう。けれども確かに熱が眉毛の根本を伝って目に入ってきそうなのはいささかやっかいだった。
「顔を洗えばどうにかなるだろう」
「ちゃんと消毒しろよ」
「保健室行けってか」
 高崎が大まじめに心配してくれているのはわかるのだが、東海道の方も思わず眉間にしわを寄せる。保健室、という響きにはどうもなじめないものがある。それはひとえに、その住人の性質からして。
「やったじゃない東海道、一日で二人とものこの学校の女性に関われるなんて」
「めでたいか?」
 東海道の学校は男子校である。
 従って生徒も、教師の大半も男性である。
 この学校の中で、女性として、悪目立ちをするのが二人いる。そうはいっても正しく女性であれば悪目立ちはしない。実際に女性教師も何人かはいる。つまるところ、悪目立ちをするような、女装している男性(ということになっているが、果たしてその真の性別はむろん闇の中、であるが)が二人いるのだ。
 一人目がさきほど東海道にボールをぶつけてきた、セーラー服でヤンキーのゆりかもめ。それからもう一人が話題に上っている保健医だ。
 しかしそうこう、保健室に行くのを渋るのにいい理由を考えている間に、眉毛の根本を抜けて血が目の上にかかっていそうで、確かにこれは止血処理をしないといろいろと生活に不便がかかることを思い至ってしまった。
「分かった、行ってくる」
「えっお前京浜先生ところ行くとかずるくね?」
「来るか?」
「良い」
 高崎は、どうせ触れられないならばそのビジュアルに惚れこむとか言って、地味にその彼だか彼女だかに、形にならない好意を持っているらしい。東海道は、今のところ理解できない感覚だった。
 東海道の場合は、おそらく兄のこともあるのだろう。兄はこの高校で英語講師をしているが、かの保健医を毛嫌いしているのだ。東海道本人はあまり保健室の世話になるタイプではないし、家に帰ってその悪い噂ばかり聞かされていてはだんだん人間に対するイメージは固定されてくる。
 けれども自分に実害が出ている今は仕方がない。行ってくる、となじみの二人に手を挙げる。場所は生徒会室の前。もう執行部からは引退したとは言っても、今でも大きな影響力のある東海道を故意にねらったのか、単に生徒会室を相手にやんちゃをしたのか、それすらも東海道にとってはどうでもよかった。幼なじみで、もともと一緒に執行部をやっていた二人は、手を挙げ返してくれた。
「食われないようにね!」
「余計な世話だ」
 宇都宮のよけいな一言ごと。

 ノックをして保健室に入室を求める。どうぞ、と聞こえる声は少しハスキーで高いけれども、それでも声もそうだし、扉を開けて入ってみたかの保健医のビジュアルも、原則的には男の域を出ない。
 文庫本から目を上げた彼は、顔立ちは落ち着いたメイクのおかげでごまかせても、脱毛処理を施したと噂の足はなめらかでも、肩幅だとかそういった本質的な部分で男性だと伺いしれる人間だった。
「どうしたの、って聞く間でもないね、座って」
 保健医の京浜は東海道の顔を見ておもむろに顔をしかめると、丸椅子を勧めて座るように促した。とりあえず書いて、と差し出された利用者票をざっと見たところ、保健室は現在誰もいないようだった。東海道が軽く書き付けて戻すまでの間、京浜は立ち上がってその傷口を検分していた。
「どうしたのこれ」
「ガラスが飛んできました」
「どこで」
「生徒会室前です」
 あらあら、と言いながら京浜のしなやかな指が傷口あたりをさわって確かめる。ガラスは入ってない、かな、と言って、一度手を離すと京浜は東海道から利用者票を受け取る。
「ああ、東海道先生の」
 その声に表情はなかった。さんざん兄に悪い評判を聞かされていたけれども、いまのところ東海道にとっては格好が少しおかしな人だと言うだけだった。
「弟です」
 隠し立てしても仕方がないし、兄がこの人をいやな目にあわせているらしいと言うことはわかっていたので、東海道は少しばかり困った。兄が迷惑を掛けていること自体を申し訳ないとは思うけれども、そんなことに巻き込まれて今日の扱いが悪くなるとすればいい迷惑だ。
 京浜はそれきり黙ってもう一度傷口を検分してから、軽く水気を含んだガーゼで傷口周りの汚れを拭き取ったようだった。それから消毒薬に浸した綿球をピンセットで摘んで持ち上げてから、ああ、と声を出す。
 顔が近づいてきて、東海道は少し動揺した。高崎が前にそのビジュアルのすばらしさについて語っていたことがある。胸はないけれども、その代わりにプロポーションは落ち着いていた。つきあうと言うよりも遠目に見守っていたような存在だ、むしろメイクについては理解しているから顔の美しさは半端ない、云々。
 その舌がぺろりと傷口を舐めた。
「なっ」
「早く治るおまじない」
 しれっと京浜が言って、何か言おうとする東海道の前にうに、と消毒薬を押しつけた。傷口がしみる。
 からかうな、と怒った方が良いような気もしたが、必ずしも悪い気はしなかった。気持ち悪いと思うのが筋だろうか、けれどもそういったことにはまるで思い至らなかった。目の前の京浜は緩やかにほほえんだ。美しい、かどうかはともかく、近寄りがたいイメージは一度に払拭されるような気がした。もしかすると思ったよりも傷が深くて何も考えられないのかもしれない。嫌でないと言うことが理解できなかった。
「おまじない、効くんですか」
 少しだけ非難するような声を意識して作ると、京浜はおもしろそうに目を見開いた。
「さあ、どうだろう。君がどう思うかじゃない?」
 ばたばたという足音が聞こえてきて京浜は顔をしかめた。廊下を走るなと言いたげな表情を間近で見たのは初めてだった。そもそもこの人の表情の変化を意識して見たこともなかった。そういえばさきほどの笑みの鮮やかさも初めて見た。いつでも彼は遠目に存在している存在で、その奇妙な性質からもあまり東海道は近づいたことがなかった。けれどもその表情が変わっていくのを間近で見て、まつげが上下して、ああ、きれいな人だなぁ、と思った。
「お兄さんかな」
「え」
 良いながら京浜は、綿球をゴミ箱に捨てて絆創膏を取り出した。剥離紙をはずしている間、京浜の言ったとおり、兄が遠慮なく保健室の扉を開く。
「無事か!?」
「兄さん、保健室だから。うるさい」
 京浜がおそらく兄に文句を言わないだろうと勝手に予感して、東海道は代わりに兄を注意した。もちろんそんなことを兄が聞き入れてくれないのは織り込み済みだったが。
 兄が口を開こうとするのを遮るように、京浜は口を開いた。
 模範的な保健医の声がした。
「これで大丈夫。もし傷口がふさがらないようだったらお医者様に行った方が良いけど、これくらいで処置としては十分です」
 さきほどぺろりと傷口を舐めたときよりもずっと淡々とした口調で京浜は言った。だから東海道はかえってその奥が気になった。京浜が自分をからかったのだろうとわかってはいた。
 それでもその表情が。
「何か気になるところは?」
「いえ」
 もの言いたげな兄を遮るように、京浜の問いかけに東海道は端的に答えた。京浜はその答えを聞いて、満足そうに笑った。これも模範的な保健医のほほえみだった。お大事にしてね、と言う声が、声だけは、少しだけ湿度があった。
「誰がやった」
「ゆりかもめ」
 兄の募るような口調に、どうにもならないということを言外に含ませながら、東海道はガラスを割った犯人を一応告げておいた。東海道も嫌な名前を聞いたと言いたげに、ため息をついた。
 兄は一度ちらりと京浜に目線を送った。なぜ兄がそれほど京浜を毛嫌いするのか東海道には理解できなかった。いつも家でこぼすのはその服装のことばかりだった。どうしてさきほどまで、この部屋に立ち入るまで興味もなかったはずの保健医のことをこれほど考えているのだろうと東海道は思った。その答えは知れなかった。
 兄が立ち上がって保健室を後にするので、東海道もこれ以上長居する理由もないので一緒に立ち上がった。無言でばたんと扉を開けて出ていく兄に京浜が目を眇めるのを見て、東海道は、ありがとうございました、と振り向いてぺこりと頭を下げた。
 京浜は意を突かれたような顔をしてから、ゆっくりと笑った。おだいじに、と言う声とその微笑には、湿度があった。
 後に残った湿気は東海道の意識に、そっと靄を残した。



続くかも知れないし続かないかも知れない

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