[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
どれくらい遡って話を書いたらパラレルになるか分からないのと,とりあえず今から出かけるから帰ってから校正するという意味で,一旦ブログに放置していこうと思います。
(22時半追記;ちょろっと手を加えました。設定がパラレルになりうる可能性がありますので,このままブログで展示しておきます)
*
随分と古い夢を見た。
今から思い返せばほんのわずかだった,あのころ。京浜東北がまだいまの宇都宮や高崎と線路を共有することなく,今より短い区間を東海道とだけ併走していた頃。まだ当時の東北本線とつながっていないから,彼はただ京浜と呼ばれていて,すこしだけ今よりも背が低くて,すこしだけ今よりも線が細かった。もっとも線は今でも十分すぎるほど細いけれども。
東京と横浜をつないでいるのはその頃東海道と京浜しかいなくて,東海道の駅を動かす際に,もともと相当西まで延伸していた東海道を手助けするように,もっとも旅客の多い部分である東京と横浜のあいだを京浜が走るようになった。
よろしくお願いします。
開業より少し前にはじめて顔を合わせたとき,のことだ。すこしだけ今と見目が違って,すこしだけ今よりも愛想があって,すこしだけ今よりも声の高かった彼がぺこり,と頭を下げる。東海道も,駅で会うだけではなく,一緒に走る仲間というものが初めて現れたものだから,見慣れないしどうしていいかもわからなくて,ああ,よろしく,と答えるしかなかった。
白の着物に空色の袴を合わせた彼は,穏やかに笑っていた。今では,もうそうたやすく見られる表情ではない。
夢なんて一瞬で場面が切り替わって良いように記憶が切り貼りされていて,ふと気づけば暗い部屋に藤の椅子,そこにうつむいて座る京浜がいた。なんだっけ,と思い出さなくても覚えている。華々しい開業から一転,すぐに運行休止に追い込まれた頃だ。
東海道さん。
京浜が東海道に気づいて振り向く。東海道はそのときに,京浜がひどく焦って,線路を一歩ずつ歩いて,異常がないことをしゃがみこんで確かめて,一刻も早く走らせればならない,と東京から横浜まで歩いて点検して行こうとしていたのを知っている。
誰かがそんなことをしようとしている京浜を無理矢理部屋に放り込んだところを,通りがかったのか聞きつけたのだか,とにかく東海道は会いに行ったのだろう。
頬に煤が。
東海道はその頃黒い着物に暗めの橙の袴を身につけていることが多かった。だから袖が汚れることなど何も考えず,自分の袖の袂で頬を擦って落としてやった。そうしたら京浜は驚いた目をして,東海道さん,御服が汚れます,と言ったのだった。
そういえばこの頃はまだ眼鏡を掛けていなかったのか,それとも汚れてしまった眼鏡を外していたのか,そのせいでかわからないけれども記憶か夢かの中の京浜はいつもの枠をなくしてすこしだけ幼く思えた。
オレがいるんだから,待っていてくれ。
お前にこんなに迷惑を掛けない立派な路線になるから,どうかそんな顔をしないでくれ。
東海道は夢の中でそう言った。どこか自覚的な理性が,なんて恥ずかしいことを! と叫ぶ。けれども京浜は一度首をかしげて,その肩でそろえられた髪が綺麗に揺れて,小さく笑って,それから,ああ,何て言ったんだっけ。
「東海道」
呼ばれると同時に,ごちん,と殴られた。人が美しい思い出を回想しているときに,と思わず恨みがましい目で見上げると,あのときのかわいげなぞ,どこかに置いてきたか乗り入れた宇都宮か高崎に吸い上げられたであろう京浜東北が,書類を持って見下ろしていた。
「君が遠くまで行って疲れてるのは分かるけど,書類仕上げるまで帰れない僕の身にもなってよね」
他にも誰かいたような気がする会議室にはもう他に誰も残っていなくて,夢や記憶と現実がまだ曖昧な東海道は,するりと口を開いた。
「京浜」
「……懐かしい名前で呼ぶね」
書類を回収する鬼の顔がゆるんで,ふと昔の幼い顔を垣間見たような気がした。二人だけだったのは,もう今となっては本当にわずかな間だった。あんな甘やかな日々,と思った。
そして本当に一瞬,京浜東北が帰れないならそれだって良いと,思った。
けれどそれはあんまりなので,せめて夢の記憶を現像したかった。
「の,夢を見た」
「それで」
「お前あのときなんて言ったんだっけ」
「どのとき」
「半年止まってすぐ」
目の前に立っていた京浜東北がふらりと180度回転する。扉を向いた彼のその心持ちは何となく分かった。だって,そんな大昔の話をされて,彼が照れないわけがない。
これは京浜東北は過去の自分の発言を覚えているんだな,と思った。従って東海道はなにも言わずにじっと待った。振り向いて,書類なんて可愛くもないことを言おうものならば,どうしたらいいのかな,と少し思ったけれども。
「じゃあ僕は東海道さんの一番の支えになります,って」
小声で京浜東北は言った。
それは記憶の中の京浜の声より少し低くて,かわいげはないけれども,その代わりに今の京浜東北が,笑いも泣きもしないのにあまりに動揺してかわいそうなくらいに肩をふるわせているものだから,東海道も思わず動揺してしまった。
そうしたら書類のそばに置いてあったペンに腕をぶつけて取り落として,そっぽを向いていた京浜東北も音に驚いて振り返った。とっさにかがんだところで目があって,それで,それから。
ああ,恋の手順なんて分からないのに。
*
大正ロマンチックと見せかけて実はただの純情ピュア日記が書きたかった説