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平和島先生×高校生の折原くん、一学期の終業式。

若い折原くんが一生懸命なのが美味しいと思うんです。(コピペ)

(続いちゃったね……)


 夏休み、共に過ごしてよ、とお願いしたら、うん、と言われたことにとても驚いた。ただし、と言って先生が出してきた条件が三つあった。
 携帯のアドレスは登録しないで、来たメールは内容を確認したらすぐ消去すること。
 体の接触は絶対にしないということ。
 もし何か起こっても、先生は絶対に責任を取らないこと。
 俺は有頂天になって頷いた。キスをしたのと同じように、小さく笑った先生が携帯を取り出すと、言った。
「手前の番号とアドレスは聞くが、俺のは教えられないってことだぞ?」
「良いよ」
 こくこくと頷いた。教室の赤い夕日、空調の切れた夏の立ち上るにおい。
 赤外線で送信したメールアドレスに、先生はすぐに空メールを送ってくれた。消せよ、と言われて頷くけれども、その手元のなかのアルファベットの羅列だけはどうにか目で追った。
「俺も三つお願いしていい?」
「ああ」
 まだ、触れたくちびると、教卓から降ろされるために触れられた腕の温度を覚えている。接触しちゃいけない、と言われるから、手を伸ばすことはしない。先生は俺よりも背が高いから、お願いする、と言って顔を見ようとしたら、首を上げなくてはいけなかった。
 少しでいいから、先生をぐらつかせられたらいいのに。先生が俺だけを見る季節があればいいのに。だから、夏休みが来るのが怖くて、咄嗟に口走ったのだ。
「学校の外では、シズちゃんって呼ぶよ?」
「それはやめろってずっと言ってるだろ?」
「外で」
 ここではしない、という意図を表すように俺は唇に人差し指を当てた。ダメ? と念を押すと、まぁいいけどよ、と返事が返ってきた。彼は本質的に自分のことをまだどうでもいいと思っているから、呼ばれ方なんてどうでもいいのだ。
 だから彼の主体的な行為を振り回したくて。
「俺のこと、名前で呼んで」
「臨也?」
 確かめるように辿られた言葉で呼ばれたことさえ気持ちよくて、何も言えずに臨也は指を下ろしてこくんと頷いた。もっと自信を持って振舞う度胸のある生徒だった自分はどこに行ってしまったのやら。
「これも、外でいいんだな」
「うん」
 学校の中でそんなふうに呼ばれたら俺はきっと正気ではいられないから。頷くと先生は、それで、あとひとつは、と聞いた。
 正直なところ、先生が三つの条件を出してきたから、俺も三つ、と答えただけだった。付き合っているというのはどういうことなのだろうか、いまさら思ったけれども、そんな答えは知らなかった。
 結局、約束だと言って取り付けたいような条件など何も浮かばないから。
「俺のこと、生徒だと思わないで……二人でいるときは子供じゃないんだから」
 と言ったことが、既に子供だとは分かっていたけれども。
 先生は、仕方なさそうに笑った。さっきからずっと、完璧に小ばかにされているのが分かるような笑いとか、かと思ったら、キスをしたようなときの知らないわらいかたとか。
「大体、接触はダメとか、さっきのしたの先生じゃない」
「手前が馬鹿なことを言うからだ」
 ほら、一緒にいたいなら帰るぞ、と言う先生の、表情が夕日で真っ赤に染まっているから。だから知らない顔で惑わすのはやめてほしい、と思った。

 歩いて帰る。途中で薄暗い高架の下をくぐると聞いて、先生は厭な顔をした。俺は自転車で通学していたが、先生はその線路の上を走る電車で帰るのだそうだ。だったら駅までで良い、という俺の言葉を先生は聞き入れてくれなかった。
「ひとつ聞きたいんだが」
「なあに?」
「おりは……臨也は、どうして急にこんなことを言い出した?」
 仮にとってつけたようなそれでも、先生に名前を呼ばれたことに驚いた。
 自転車を両手で押しながら、びっくりして肩が震えた。
「手前が呼べ、つったんだろ」
「うん、びっくりした」
「俺も呼び辛いんだが」
「やめちゃだめだよ」
 先生の顔を見上げていうと、夏の暑さに耐えかねたように額に滲む汗が垂れた。ああ、つくづく顔がこんなに良くなければ、俺だってこんな風な恋に落ちることはなかっただろうにと思った。
「……シズちゃんと」
 呼びなれない名前で、先生を呼ぶことに抵抗が無かったとは言わないけれども、先生がこんなことで笑うからいけないのだ。俺だって、好きな人の笑顔を、見たい、なんて。
「……夏、会えないの、やだったから」
 結局決定的な言葉は言えるわけがない。先生がどこかで生徒だという線引きをしていることは分かっているし、それを破る勇気はまだいまの俺にはない。
 高架の下に差し掛かる。
「毎日ここ通るなんてあんまよくねぇなぁ」
「俺、男だよ?」
「馬鹿、手前どんだけ細いか自覚してんのか」
 先生は自転車越し、歩く俺の腰を、両手で掴んだ。
 俺はそれこそ吃驚して叫びだしそうになった。
「な、なんなの」
「もっと丸くなって良いぞ?」
「丸々太るって言って逃げるよ?」
「逃げられるのか?」
 立ち止まったままできゃんきゃんと喚く自分が喧しい自覚はあった。彼が言うとおりこの高架の下は人通りも少なくて、自転車越し、ずいと先生の顔が近づいた時、俺はまた一度に言葉を失った。
「シズちゃん」
 覚束ない声で彼を呼ぶ。
 がたん、と電車の音が遠くで聞こえた。長い鉄の線路のどこか、もうすぐこの高架の真上を電車が通過する。そういえば自分に触れるなといったのは先生だったのに、結局こうやってまた先生に思うがままにされている。
 片手が腰に残ったままで、片手が頬に添えられる。ああ、繰り返す。先生の薄い眼鏡の向こうに揃った睫毛、見たことのない先生のわらう顔。
(いままで、誰に見せたの?)
「   」
 ガタタン、ガタタンとレールが鳴り響く。先生のくちびるがみっつの音を紡ぐのを見たけれども、声は聞こえない。なんて、と答えをせがむことも出来ないで、思わず先生の胸辺りに手を伸ばす。
(ダメ)
 先生が触れることは叶わないと言ったのだから、俺は幾らでも我慢するけれども。そのたびに先生が俺を振り回す。
「な、んて」
 電車の去った高架の下で尋ねたけれども、先生は俺からあっさりと手を離し、ほら、行くぞ、と言うだけ。一歩うしろをぽてぽてと付いていきながら、先生は何がしたいのだろうと考えても、もちろんそんな答えは見つからなかった。
 

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